会員インタビュー「銀座 このひと」VOL.26  銀座の文化を守るために


金高 実氏
有限会社リッシュインターナショナル
代表

銀座で働く方々にお話を伺う 「銀座 このひと」

平成5(1993)年創業。イタリアンブランドを中心に、輸入販売を手掛ける会員制インポートブティックとして、 平成25(2013)年に青山から銀座に移転オープンした金高実氏 。 自身でイタリアへ買い付けに出向き、ハイブランドから日本未発売のブランドまで、多数のアイテムを柔軟な発想と独自の商法で廉価での販売を目指す。 また、開運アドバイザーとしての顔を持ち、占いを教える傍ら、会員の運勢も見るというユニークな経営者である。

● 「銀座リッシュ」は、どのような商品を扱っているお店ですか。
 イタリアのフィレンツェから女性衣料を中心にバッグ、小物を直輸入して販売しているインポートのセレクトショップです。
 フィレンツェには郊外を含めて2000余りのメーカーの工場があり、日本で知られていなくても、現地では有名なブランドが数多くあります。 世界のスーパーブランドが立ち並ぶ銀座で展開するには、独自の感性でその中から掘り起していかなければなりません。
当店は、そこから、三十代〜五十代の人に合う服を年に4、5回ほど現地に行き、買い付けて来ます。 前回はマンガノ、アンラシェール、テンシオーネイン等の現地で評判が良いブランドを買い付けしました。 特に人とお会いする機会の多い方には是非着て頂きたいブランドです。

● なぜブティックを始められたのですか。
 十年前に文芸社から出版した『悔しかったら転職してみろ』に書きましたが、私はこの店をやるまでは恥ずかしながら十六回の転職を繰り返す落ち着きのない男でした。
 転機はテネシー州ナッシュビルでの「銀座レストラン」の責任者をした時だと今は思っています。日本人がいないレストランで言葉も通じず頼るものは自分だけで、 逃げたくても帰国することも簡単ではなかったことが運を開くことになったように思えます。何とか帰国して小さい輸入商社に入りました。この会社は、 インポート雑貨を扱う直営店もあり、当初は外回りの営業でしたが後にショップの販売員に配属されました。そこで店長になって、かねてから構想していたように店舗を改革。 当時ではまだ珍しかったバッグ、小物の有名ブランドのディスカウント、二階は会員制のファー・レザーの店舗に作り替えたのです。
その結果、社長から信頼を得て香港やヨーロッパの買い付けにも同行するようになりました。それが今の仕事につながりましたね。

● 独立はいつされましたか。
 三十四歳の時でした。自己資金と個人からの融資で計800万円。
新宿の繁華街からかなり離れた場所ではありましたが、綺麗なビルに店舗を借りることができました。 今だったらお金を積まれても出店はしないだろうと思うそんな場所でしたが、当時はそこでやるしかなかったのです。 資金が少なく600万円の保証金を納めてしまったら、店の造作も仕入れもできないと思い、ビルのオーナーに掛け合い、保証金を三年で3回払いにしていただきました。
今思うと、よく貸していただけたと驚いています。このオーナーご自身も、独立した時には苦しい思いをされたので、新しく事業を始める私を応援してくれたようです。 私は運が良かったのでしょうね。

● 仕入れも含めた営業展開はどのようにされているのですか。
>  独立する前の会社で社長の代わりに買い付けに行った時に案内をしてくれたのが、イタリア人のロマーノでした。彼との信頼関係が出来ていましたので、 ブランドを探すのにとても協力してくれました。言葉の壁もあり苦戦しましたが、ずいぶん勉強させてもらいました。ロマーノがいなければ、私の店はなかったかもしれません。
 現在はロマーノから娘のニコレッタに代わりました。その頃大学生だった彼女も今は大学生の子供がいます。頻繁にメールで情報を流してくれるのでそれに合わせて買い付けをしています。 新宿の店舗は新宿とはいえ、新宿駅からは歩いて10分はかかるうえ、ビルインのテナントでした。歩道からビルのドアがあり、外からは中の様子が見えない、いかにも集客力がなさそうな店舗でした。
しかし、発想を転換して会員制にしました。会員制ならば立地の悪さはそれほどマイナスにならないし、むしろ会員さん側から見れば、知る人ぞ知るという店構えに思えてくるのですね。 それが功を奏して後に青山の立地の悪い場所に移転しても続けられたのです。会員になれば商品を割引で買えるのもよいシステムだと思うのです。

二十三年前は、世間で輸入品というとバッグや男性の小物、衣料が大半で、女性の服は流行が早くリスクがあるので敬遠されていました。確かに流行はあるけれど、 スーツのようなものに関してはそれほど変動がないと思い、働くOLをターゲットにして買い付けしました。

当時は今のようにカジュアル服より、きちんとした服が売れていました。特にイタリアブランドに人気がありましたが非常にプライスが高かった。それを直輸入することで安く販売できないかと考えたのです。 あえて私は定説を破る道に挑戦。それが大当たりしました。
全国のブティックに卸業もしていますので、会員顧客には卸価格で提供。いかにお客様に喜んでいただけるかを考えてサービスしています。 当然、店の利幅は小さくなりますが、お客様の満足度は上がります。 それと私が、生年月日から開運アドバイスをすることも喜ばれる理由かもしれません。商品には自信ありますし運勢を見て差し上げることもできるので、「リッシュに行けば何か得する」と思って下さっているのではないでしょうか。

● なぜ、青山から銀座へ進出されたのですか。
 イタリアでもギンザは知られています。華やかな商業地域で、最上級なイメージが定着している素晴らしい世界の銀座だと思っています。 独立当初、ある方の伝手で銀座に出店する予定でしたが直前で話が流れました。当然、家賃も高く正規には無理でした。
今だから話せますが、しょうがなく新宿にあった話に舵を切った次第です。その後、青山に移転し十二年過ぎた頃、どうせあと数年やるのであれば、初心の思い、銀座で終わりたいたいという気持ちになったのです。



● もうひとつ、開運アドバイザーとしてのお顔をお持ちですね。
 手相・四柱推命・宿曜・九星気学・環境風水・命理個性学などをほとんど独学で研究しました。
《紗亘右京(さわたりうきょう)》という名前で講師として講座も持っていますが、お店の会員さんたちにも時間があれば鑑定しています。 霊感やスピリチュアル系の占いは嫌いでやっていません。私の占いはあくまでも統計なので、現実に合った話しかしません。
占いをやっていて何がいいか。それは人が元気になるのがわかるのですね。もちろん、元気になるのもならないのも本人次第ですが、占いでその人の潜在的に持っている良い部分を気が付かせることが出来るのが嬉しいですね。良いことばかりではないが、それを良いことに変えられることが多いのです。人には必ず運があります。それを知って自分の運を活かしてほしいと思ってアドバイスをしています。

● 今後の夢はなんですか
 夢は、独りになって人生のアドバイスができる場所が欲しいと思っています。例えばバーや喫茶店などの飲食店でもいいのです。調理師免許もあるのですぐにでもやるには問題がないのですが、まだ顧客の洋服の要望が沢山あるのであと数年は、この店を続けるつもりです。

紗亘右京氏による

今年(平成27年)の銀座景気予想

・今年は的確に判断できる人が優位に立つ。

・外観的には好況に見えるもその実内容が伴わず、苦労の多い警戒含みの不況が現れる傾向にあります。

・物価については変動が多く、高騰する傾向が予測され全般的に景気の回復は今一歩期待薄の感があります。

伸び悩みの時には伸び悩みの時の対処法が必ずあります。頓挫、紆余曲折に進んでいる中で改革すべきところは改革し、先が見通せる強い判断力が必要となる年です。しっかり改革を断行していく時です。

(取材・渡辺 利子)

 
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