会員インタビュー「銀座 このひと」VOL.16   スリースマイルは未来 への道  




プ ラスロン 明世
(河嶋 明世)
 
Plathlone Akiyo
プラスロン化粧品株式会 社代表取締役 医学博士


銀 座で働く方々にお話を伺う 「銀座 このひと」

昭和 60(1985)年創業。プラセンタエキスの老舗ブランドとして通信販売からスター ト。銀座に直営店をオープンして10年。経営者として日々活動する傍ら、平成 21(2009)年、NPO法人 日本フェイシャルスタイリスト協会を立ち上げる。22年から九州、関西のテレビにも進出。今春には銀座エコールプランタンで講座開催も決定している。『ニキビちゃんさよう なら』(現代書林刊)などの著書がある。タレント萩本欽一さんの姪でもある。

ゲスト写真  なぜ現在のお仕事をなさるようになったのですか。

  私は小学校の終わり頃から7年間もニキビに悩んでいました。母も更年期に入り、年齢による肌のトラブルやゴ ルフの日焼けもあり、一緒に病院やエステに通ったり、高価な化粧品を使っても全く効果がありませんでした。 医薬品の専門商社を経営し、薬剤師の資格を持っていた父が、私たちの姿を見て「普通の化粧品ではダメだ。副 作用がなく、薬のようにニキビや肌荒れに効果がある化粧品を作ってあげたい」。そんな思いで1本の化粧水を 作ってくれたんです。現在私達の会社で扱っている不動のロングセラーで、売り上げナンバーワン化粧品「プラ スロンビューティエッセンス」の原形です。それを使った母は、悩んでいたのが嘘のように一カ月程でみるみる きれいになっていったんですね。きれいに変化した母を見て、母のゴルフ仲間で肌に悩みを抱えている方が「私 も使いたい」って言ってくださって。プラスロンの化粧品は、最初は口コミで広まっていったんです。
 ニキビがひどかった私は、それまで使っていた薬のリバウンド(好転現象)もあり一時的に奥に潜んでいたニ キビが出てきました。それが一段落したあとに肌自体が生き生きしてきて、ニキビとニキビ痕が治ったんです。 初めて肌が美しくなることの喜びを実感しました。年齢も質も違う肌を同時に改善できるものはないかと、父が 研究に明け暮れ、やっとたどり着いた成分がプラセンタエキスとヒアルロン酸でした。今でこそ高級化粧品に含 まれる美容成分として有名になりましたが、創業時の25年前にはあまり知られていなかった成分です。父は肌 の自然治癒力を高めることで、2人の肌を同時に良くしようとしたことがプラセンタやヒアルロン酸の研究をす ればするほどよくわかります。
 大学卒業後は証券会社に就職しました。約2年ほどでしたが、社会人になったばかりの貴重な時期に世の中に ついて知るためのとてもいい経験をさせていただいたと思います。押しつぶされそうな満員の電車に乗り、たく さんの見知らぬ人たちの顔をとても間近で見ることになり、驚いたのは、社会人になってもとても肌が荒れてい たり、ひどいニキビで困っていそうな方がたくさんいたことでした。
ゲスト写真  会社特有の教育だったのかもしれませんが、上司から「誰も欲しがらないような良くないものも売ることができ る者こそが、一流の営業マンだ」と言われたことがあり、驚いたのを覚えています。私は同じ働くなら、自分が 心の底から納得できるものをお勧めしたいし、どんな時でも人から喜んでもらえることをして生きていきたい。 自分で悩んだことが人の役に立ち、本当に納得できる仕事がしたいと切に思いました。起業願望が強かったわけ ではありませんが、きっかけとしては、この2つの出来事が挙げられます。25歳と私も若かったですから、起 業といっても、父が愛情をこめて家族のために化粧品を作ってくれて、それによって自分がきれいになったのだ から間違いなく皆さんに喜んでもらえる、という単純な発想だけだったと思います。

 銀座に はなぜ出店なさいましたか。

  最初は父が持っていた武蔵野市の古いマンションの1室を事務所に、お友達など200人位のリストと、電話1 本だけでのスタート。まずは通信販売でプラスロンを広めていくことにしました。
 通信販売が軌道に乗ってくると、お客様から「直接手に取って化粧品を確かめたい」「明世さんに、肌を見て もらってから購入したい」というお声をいただくようになり、お店を持つ必要性が出てきました。化粧品会社な ので、「いつかは銀座に出なくては!」と漠然とですが考えておりました。それに地方の方も比較的お越しにな りやすいですし。お客様も「銀座」で成功していれば安心感も違うのではないかという思いも少しありました。
 東京の中心、銀座と言えば、ニューヨーク、パリに並ぶ世界中の人が注目する有数の街で、化粧品に限らず古 い歴史のある老舗なども多く、一流のものが品揃えされています。また、ハイセンスな方々がたくさん歩いてい らっしゃいます。そのような方々に外から見てエステをやっているのがわかり、エステは敷居が高いと感じてい るおしゃれや美容に興味のあるご年配の方にも親しみを持っていただきたかったのです。勇気を出して銀座の中 でも特に家賃が高い路面店を借りることにしました。ただあまり深いことを考えずにお店を出してしまい、マー ケティングなどを、もっときちんとしてからにするべきだったなあと後悔したこともあります(笑)。逆に今で したら、色々なことを調べたりして慎重になり、いつまでも銀座進出はできなかったかもしれません。若さゆえ の向こう見ずな勇気がかえって幸いしたのかもしれませんね。でも、お客様をはじめ周りの皆様のおかげで、銀 座直営サロンは昨年の夏に10周年を迎えることができました。 

 お仕事 の面で、どんなことに力を入れていらっしゃいますか。

  私たちは現在、「スリースマイルプロジェクト」に取り組んでいます。お客様、社員、そして会社の笑顔を全員 一致で大切にしていこうというもので、お客様が笑顔になる商品とサービスをご提供し続けること、社員が毎日 ワクワクするようなやりがいのある明るく楽しい会社にすること、会社の利益がちゃんと出て会社本体が笑顔 (潤っている)であること。この3つのニコニコをどれ一つ欠けることなく、大切にしながらこの事業に取り組 み、お客様、社員、会社が共に未来へ進んでいこう、という理念のプロジェクトです。
 現在社員は15名ほどですがとても個性的な人ばかり。マニュアルなどは作らず、もし何か迷うことがあった ら、まず仲間や上司に相談して助け合う、相談する相手が見つからない時はこの基本理念に従った自分の判断で 動くように、ということを常日頃から話しています。具体化してまだ1年ほどですが、社員の間で活発な意見交 換や、お客様とのよりよい関係について社員の側から積極的に問題提起するようになったことは素晴らしい前 進、本当によかったと思っています。
 お客様の笑顔は社員の笑顔、二者の笑顔は社長である私と、会社の何物にも替えられぬ宝物です。20年近く 会社をやってきて得たもの、企業の存在意義が「スリースマイル」の一言に凝縮されているということに気づけ たことです。この理念を生涯大切にしながら、世の中になくてはならない会社としてこれからも存続し続けてい きたいと思っています。
 私の具体的な仕事の内容ですが、自社通販、銀座店、代理店での化粧品販売の他に、去年から関西と長崎でテ レビに出させていただいております。
現在、銀座店では、私が自分や3万人を超える直に触れたお客様のお肌を通じて研究開発した「根治セラピーメ ソッド」をベースに自然治癒力を生かした美容法をご指導させていただいております。しかし現場で仕事をする 中で、私一人ではこの美容理論や具体的なお手入れの方法を世の中に広く普及するには時間がかかり過ぎること に気づきました。このメソッドや美容理論は、私が死んでも生き続けていくように組織として動いていかなくて はならないと思い、「NPO法人・日本フェイシャルスタイリスト協会」を設立しました。春からはインター ネットでも、この理論に基づいた勉強のできる仕組みができあがりました。
 日本女性は子育てなどが一段落しても、社会復帰が難しいと言われています。子育てが終わってから本格的に 勉強しなおそうとしても時間がかかりますし、若い人の中へ1人で入っていくことも抵抗があります。また、エ ステティシャンといっても全身のケアとなると習得に時間がかかり、体力もかなり使います。そのような理由か ら、若い方はもちろん、経験がない40代以降の方にも気軽に勉強を始められ、すぐ実践で生かせるような資格 を普及したいと思いました。フェイシャルスタイリストはお顔のプロフェッショナル。顔に特化したエステとメ イクの技術や理論を習得することが可能です。また、技術とは別に美容の仕事についての心得やマナーも徹底し て学びます。
 お店に来られるニキビの方の中には、顔の悩みが心に転じて、半分うつ病みたいになっている方もいて。学校 や職場でのストレスでよけいニキビが増え、不登校になり、仕事も辞めてしまい、さらにニキビが悪化するとい う悪循環になることも長いこと現場で見てきました。
 私は2年前、アメリカの大学に論文を提出して医学博士の学位を取得しました。論文のタイトルは「ニキビ患 者の現状とQOL(クォリティオブライフ)」。医師や家族が、病気だからこそ、その人の生活の質を高めてい くための努力や協力が必要であるという考え方のもと、生死にかかわる病気に対してはすでに行われている QOLのケアが、ニキビ患者にはないことをテーマに書きました。ニキビで人は死なないとよく言われますが、 顔中の酷いニキビが理由で死にたいと思っている人は少なくありません。そういったことを周囲が理解し、解決 していきたいのです。私が死んでも残り続ける美容理論と自然治癒力を生かしたこの化粧品をもっともっと世の 中に広げていくことが私の使命であると信じて毎日を過ごしております。

ゲスト写真 プライベー トなお時間は?

  働くことが好きで好きで仕方がないんです。プライベートはなくても大丈夫だし、仕事について考えているだけ の時間も入れると24時間働いている感じですかね(笑)。ここ二、三年を振り返るとニューヨークやコートダ ジュールに各一カ月間、またロシアなどの海外へも行きましたが、美容の学校で技術を勉強したり、仕事での訪 問でした。
 唯一続いている趣味は書道ですね。月に2回先生のお宅に通っています。先生が立派な方で、忙しさからくじ けそうになる私を幾度となく励ましてくださり、二科展に出展させていただいております。お稽古の時は、書く ことだけに集中するので、仕事を忘れて頭の中が「無」になり気持ちが休まります。そのおかげでまた仕事にも 集中できますから、やっぱりプライベートは多少なりとも、必要なんでしょうね。

 息子さ んにはどんなお母様ですか。

  現在中学2年生になる息子がいます。子どもが3歳のときに離婚しました。子どもからは手も目も離せないし、 仕事は忙しくなるばかりだし、当時を振り返るとどう育てたのか思い出せないくらい無我夢中でした。健康で明 るくすくすくと育ってくれましたので、それだけで親孝行な子だと感謝しています。接する時間が少ない中で唯 一気をつけているのはこちらが話すより、子どもが伝えたいことに対し素直な気持ちで耳を傾け、意見を押し付 けずにただ、「聞いてあげる」こと。問題は自分で解決し、自分の力で生き抜いていける人間へと成長してくれ ることだけが願いです。
 あまり手をかけてやれない分、たまに親らしいことをするとものすごく感動してくれるので、そういう時はこ ちらも嬉しくなりますね

 仕事を 持つ女性として、若い女性たちにアドバイスをお願いします。

  正しい美容理論を勉強して、お肌のお手入れは1日も早く始めること! 仕事柄その一言につきますね(笑)。 間違ったお手入れやメイクをしている方もたくさんいますので、そういう方達に自分がおばあちゃんになっても 付き合っていく今の肌を大切にしてもらいたいです。
(取 材・渡辺 利子)
 

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